エベレストの惨劇から学ぶ意思決定④

少し間をおいてしまったが、前回の続き。

4.ビジネス VS. 安全確保

顧客にとってはエベレスト登山は夢をかなえる場所かもしれんが、他方でFischerやHallにとっては大きなビジネスチャンスである。商業登山ってのがこの頃かなり盛り上がっていて、収益もなかなかよかったらしい。ガイドは客を増やしたい。それにはどうすればよいか?他のビジネスと同様、実績を上げて評判を高めることだ。実績ってのはこの場合、グループ参加した人のうち、エベレストに登頂できた人数・割合の高さだ。だから可能な限り多くのメンバーを登頂させたい。評判を高めるにはメディア露出も重要。ジャーナリストとしてこの登山を記事にしようとしていた「Into thin air」の著者Krakauerなんかは、Hall的には超重要人物で、何としても登頂させたい。ここにビジネス動機と、安全第一という動機が対立する部分が生まれる。さらに言えば、ガイド同士の競争もある。実際、HallはFischerへの対抗心強く、Fischerが6人の顧客を引率する中、Hallのグループのほうは顧客8人のうち5人が登頂をあきらめ下山した時、相当にがっかりしていたという。
こういうビジネス動機や競争心が、安全を確保する動機を完全に上回っていたとは言わないが、少なくとも判断の甘さに影響したとは考えられるだろう。こういうこともあって、自分のルールに反し、Hallは顧客のHansenが3時過ぎに登頂するのも許したのではないか。

5.組織のコーディネーション

FischerとHallのリーダーシップの違いにも注目したい。Fischerはカリスマらしいというか、なるべく厳格な縛りは設けずに、顧客の裁量を許す形。もちろん、登山での勝手な行動はグループ全体を死に招くから、最低限の指導や案内はガイドが行うが、どうもHallよりは「分権型」の組織を志向していたようだ。
他方、Hallの方はというと、既に述べたようにかなりの「中央集権型」。登頂する時間もキッチリ決める、各到達ポイントでもグループ全員がそろわない限り次のポイントへ動いてはいけない、などとかなりはっきりしたルールに基づいて組織コーディネーションをしている。
顧客のほうからすれば、Fischerのやり方のほうが登山を楽しめるだろう。しかし顧客が今回のようにアマチュア同然といった場合、かなり危ないやり方のようにも思える。プロならともかく、素人の裁量に任せたらリスクは大きくなるだろう。Hall方式は、軍隊式なので顧客のほうはつまらないかもしれないが、その分、安全性は高いような気もする。実際、著者Krakauerも、登山の醍醐味は自分への信頼、自分がクリティカルな判断を行いその責任を持つことにあると信じつつも、「顧客の立場では、そういうのは全部あきらめないといけない。安全のためには、ガイドが全てを仕切るほうがいい」とし、Hallのやり方に理解を示している。
当たり前だが、「中央集権型」だからといってメンバーが何も判断・思考しなくていいことが担保されるわけじゃない。「分権型」だからといって、即カオスな状態に陥るようではハナシにならない。「こういう場合にはこう対応する」というルールがあっても、現場がどういう状況で、それがルールのどれに当てはまるのかを判断するのは個人だ。自動車教習のテキストを暗記していても、初めての路上運転では不測のシチュエーションにいろいろ直面する。状況の認識と、それへの対応の判断を素早く行えるようになるには、経験を通して多くのパターンを認識するしかない。それは現場力だ。
ただ、ルールもより有効にするためには、工夫のしようはいくらでもある。Hallの時間制限のように、人を縛るルールは、その人たちの行動動機を十分ふまえたものでないと、あんまし使えないことが多い。
Hallはエベレスト頂上直前の地点でのタイムリミットを設けていた。しかし、これはあまりいいやり方とはいえない。顧客は、みな登頂を夢見て来ている。タイムリミットが例えば2時だとして、目の前に頂上が見えているのに、「いや、1時55分だからお前は引き返せ」と言われて、素直に引き返せるだろうか?俺ならイヤだ(笑)。
エベレスト登頂を前にした最後のキャンプサイトはCAMP4だ。ここに到達したら、登頂の可能性はぐっと高まる。登山者の心理としては、CAMP4から登頂までの道のりはほとんど効用を生まず(むしろマイナス?)、頂上についた瞬間に効用が爆発的に増大する。ゆえに、CAMP4から頂上までの間に引き返せ、と言われるのには相当な抵抗がある。
じゃあどうすればよいのか?1つは、もっと早い段階で、小刻みにタイムリミットを設けることだ。早い段階ならば、登山者もまだあきらめがつきやすい。実際、Iron man raceとか超ハードなレースの場合、そうしているらしい。「この地点まで2時間で着いていないと失格ですよ」ってのが、スタート地点から早い段階で、いくつも設けられている。
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以上のように、エベレストの惨劇からは、登山メンバーたちの心理バイアス、組織コーディネーションの問題等、いろいろと示唆が得られる。ただあくまでもこれはKrakauerの本をベースにした思考実験に過ぎない。実際、Krakauer同様生還した人達による本が他にもあり、そこではまた異なるストーリーが描かれている。まさに「藪の中」な状態。上記の全ての心理バイアスを自覚して、ルールもしっかり設計した上で臨めば、死者は一人もでずに済んだのか?とはとてもいえない。そもそも高山病にかかったらバイアスどころかマトモな判断もできなくなるだろう。究極な状況下では、小さな判断、心理の動きがクリティカルな結果をもたらすのだという点、組織を動かすには個々人の行動動機をしっかり理解しておかないといけない、という点は俺的には非常に心に残った。

最後にBeidelmanの言葉をまた残しておきたい。

「(天候が少し戻り)空が晴れ、ようやくキャンプの所在が見えるようになった。俺は叫んだよ、『おい、嵐がやんでいる今のうちだ、早く行くぞ!』。俺はみんなに叫びちらして動くように言ったよ。しかしすぐに、何人かの人間は歩くどころか立っている力も残っていないことに気がついた」

「みんな泣いていた。誰かがこう叫ぶのが耳に入ってきた、『見殺しにしないで!』。しかし行くのは今しかない、というのは明白だった。俺はヤスコ(難波さん)を立たせようとした。彼女は俺の腕をつかんだが、力が残っておらず、ひざ立ちのままだった。俺は歩き出し、2、3歩、彼女を引っ張った。すると彼女がつかむ手の力が抜け、俺から離れた。俺はそのまま行かなければならなかった。誰かがテントまでたどりついて助けを求める必要があった。そうでないとここで全員死ぬことになる。」

「でも俺はヤスコのことが今でも頭から離れない。彼女はあまりに小さかった。彼女の指が俺の上腕を握り、そして放した感触を覚えている。俺は一度も振り返りもしなかったんだ。」

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ブログ王

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  by helterskelter2010 | 2009-03-12 14:10 | Study

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