理論のスゴさ

さてMBA2年目になり、理論的にものを考える力がすごくついてきている---------気がする。
前に記事でChicago Boothは「Academic」ではなく「Theoretical」なのだ、と書いたが、その意味をより深く実感できている気がする。

理論的におかしいことは長続きしない。あるいは、理論的に説明できないことが生じる場合は、その理論が置いている前提を疑うべき。こう書くと当たり前な思考が、ケースによる訓練を通じてずいぶん自分の中で定着してきたように思える。これはMBAのメリットの1つなのかもしれない。

特に「Cases in Financial Management」が破格に面白い。教授がすばらしいのはモチロンなのだが、こういうケース主体の授業てのは、教授・ケースの内容・学生たちが三位一体となってつくりだすその場のVIBEがすげえ、重要だ。「Cases~」の場合、教授の志向と学生のモチベーションがぴったりハマっていて、本当に毎回授業に出るのが楽しみな場をつくっている。

あまりに面白いので、サボリ屋の俺もケースのみならず関連文献も熟読し、これまでにないくらい準備に時間をかけているんだが、それでも授業に出ると毎回必ず、自分が考えていたことの2歩も3歩も先を行ったインサイトを得る。みんなが絶賛するKaplanのPE授業をとっていない俺にとっては、今のところナンバーワンのすげえ授業だ。

毎回のケースでは、Valuation、配当政策、LBO、Recap、Restructuring、SPV等々のテーマがはっきりしていて、ケース準備のための課題も面白いものが用意されている。教授も相当ちゃんと準備しているのが分かる。まずはマトモなCorporate FinanceのToolkitで課題を解くのだが、必ずといっていいほど、ケースの結果(Real World)は俺が提示したソリューション通りに動かない(笑)。これが痛快。

「金融商品のPricingをやるのは楽しいよな?アレをロングして、コレをショートして・・・・でもな、大事なのは会社がそもそもナンデその金融商品を売ろうと思ったのか。そのコンテキストを理解しないとダメだ。CFOが何をしたかったのか。市場の反応をどう予測していたのか。Corporate Finance通りには理解できないことが必ず生じてくるが、それもこのコンテキストを把握すれば、解決の糸口がつかめるんだよ」

ブラック・ショールズ・モデルをいじりまわしていたら、あげくの果てにその前提としていたボラティリティが全く違った(平時と買収イベントがある異常時は全く異なる)とか、一見企業が市場にへつらうためにFinancial Engineeringを行ったように見えるが、それは敵対的買収者を退けるためのものだった、とかはザラにある例。

理論でまずは考え、理論で説明できないファクトについては、その場にいた人の行動動機や、理論が射程外としている変数の動きを考慮する。あらゆる事象を無理なく説明できる便利なツールとしてではなく、あくまでも試行錯誤できるためのベンチマークとして理論を使い倒す、という発想。これこそが「Theoretical」な思考なんだと。

およそ経済学という学問自体、こういう実践的な特質を有している。例えばMM理論てのは完全に効率的な市場(情報の非対称性ゼロ)を想定して、企業が負債で資金調達しようがエクイティで資金調達しようが、その企業価値は全く変わらない(=ピザのきり方を変えるだけで、ピザ自体の大きさは変わらない)ということを示したのだが、これだけ聞くと「ハア?情報の非対称性ゼロの世界なんてないでしょ」と思う。非現実的な理論だと思う。しかしそんなこたぁマートンさんもミラーさんも合点承知。まずは理想状態での均衡を想定して、現実世界でそれが反映されない場合、何がそうさせているのかその前提を1個1個みていくことに意味がある。資金調達の例を続ければ、負債による節税効果とか、増資が持つネガティブなMarket Signal効果とかが実は結構企業価値に効いてくることが分かるわけだけど、それも純粋状態でのMM理論をベンチマークしてこそ分かることなのだ。理論がなければ、混沌とした現実世界をどう考えればいいか、その思考の出発点すら持つことができないのだ。

思えば今とっているLuigi Zingales教授(ルイージ!)のPEの授業もそうである。VCによるValuationでは、大体割引率50%を使う。コレはえらい高い数値である。CAPMのレンジを飛び越えている。たとえVCのManagement FeeとかCarryを含んでも、割引率の理論的な上限はせいぜい30%くらいだ。でも50%がVCのRule of Thumb(経験則)で、実際にこれでうまくいっている。じゃあなんでこんなに高いのか?それは、投資対象がポシャるリスク(事業破綻リスク)を考慮しているからだ。マイクロソフトとかトヨタをValuationするとき、その将来キャッシュフローがゼロになることを想定することはまず、ない。でもVCが投資するベンチャー企業は7割以上の確率でポシャるのだ。この低い生存確率をカウントするからこそ、割引率は50%になる。普通のCoporate Financeでは導き出せない数値だ。

イタリア人はイケメン率高いですなあ。Luigi Zingales教授。
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「重要なのは、」Zingales教授は言う。「重要なのは、この割引率が成り立っている理論的根拠(この場合では生存確率の考慮)を理解しておくことだ。この理論を分かっていなくても、平時なら盲目的に経験則を信頼して50%を採用していれば問題ないだろう。でもコレが通用しなくなったら?経験則が通用しなくなったとき、その原因を分析し、修正できるのは理論を知っている者だけだ。理論を理解していれば、変数を追加・修正するなり、枠組みを変えるなりして対応できるはずだ。理論を理解していればこそ、環境の変化に対応でき、したがい競争に勝ち抜くことができるのだ」。

とまあ、理論の限界を理解しながら理論を使うことの有意義を、今更ながら実感してきている日々なのデス。この理論を重視した教育を、Chicago Boothは得意としているような気がします。そしてそれは俺の性に合っている。もちろん、アントレであれば理論そっちのけでIntuition勝負だぜ、という人も多いでしょうし、実際そういう「頭の中に鳥を飼っている人」が本当のブレークスルーを起こしている気もします。しかし俺のような凡人にとっては、俺の100倍頭のいい偉大な先人が四苦八苦して編み出した理論をベンチマークにしながら試行錯誤するほうが、致命的なマチガイを犯すリスクも低くなるし、物事を理解しやすいのです。

理論のスゴさを実感する日々。自然科学(重力の法則みたいな・・・)ほどではないが、社会科学だってそれなりに耐用年数が多いものはある。アダム・スミスが「国富論」を著したのは1776年。市場の原理は彼が指摘したものとさほど変わっていない(原理的には)。
東大大学院時代、労働経済の超有名教授がこう言っていたのを忘れない。

「ヘーゲルの理論は200年先を見通していました。ヘーゲルは19世紀前半に死去しましたが、彼の理論は200年以上生きたのですよ・・・・それほどまでに理論というのはすごい威力を持つものなのです。」

へーげる先生!「精神の現象学」は読みにくいYO!!
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肝心のヘーゲルの理論が何だったのかソッコーで忘れたが(笑)、教授のこの言葉自体はいまだに鮮明に覚えている。アホな俺はようやくChicago Boothに来て、理論の大事さを理解できた気がします。
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  by helterskelter2010 | 2010-03-05 16:55 | Study

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