森見 登美彦「きつねのはなし」

最近は本屋でも平積みで、売れに売れているとか。森見登美彦氏。若手です。これまで若手といえば阿部和重くらいしか読んでいなかった(読めなかった)けど、森見氏は阿部氏よりもさらに若く、俺と同世代!同世代でこんなに才能ある人が現れるのは、本当に嬉しいものです。

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一番有名なのは「夜は短し歩けよ乙女」ですかね。まあ恋愛小説なんだけど、非常にエッジの立った登場人物の魅力と、現実とファンタジーを行ったり来たりする感覚(ガルシア・マルケス的な不可思議イベントが目白押し)、それに独特な表現・セリフがオモチロく、ぐいぐい読ませる。ポップな筆致ではあるのだが、文章のそこかしこに古典へのオマージュが見られる――ので、使っている語彙は結構難しかったりする。(実際、古典をリミックスした「新釈 走れメロス」なんて作品も出している。これも良い)。マンガみたいな展開、奇想天外なキャラクターのオンパレードでも、話がふわふわとしたファンタジーに飛んでしまわず、リアリズムを失わないのは、こういう古典文学を換骨奪胎している書き方と、京都という実在の場所を舞台にしている(かなり具体的な情景描写がされる)のが利いているのかもしれない。

純文学ってのは、死とか絶望をテーマにして強面に書かねばらなん、というありがちな縛りから気持ちよく解放させてくれる。もうイヤになるくらい深刻な小説とか多いんだけど(そしてキライじゃないけど)、読んでいて腹の底が明るくなるような小説だって同じくらい重要だ。ソーダ水の泡のように楽しく弾ける言葉を味わえばいいのです。

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というような「夜は短し歩けよ乙女」に対して、本作「きつねのはなし」は一転、ダークで、じっとりうなじに汗をかくようなジャパニーズ・ホラーです。「夜は~」のようなオチャラけた感じはゼロ、文章の書き方も完全にギヤ・チェンジしている(ので、「夜は~」みたいなのを期待している人は要注意)。

感想としては、趣味も入るけど俺はかなり好きだな。「夜は~」よりも好きかもしれない。表題作含めて4編が収録されていて、どれも舞台はまた京都。俺的には「きつねのはなし」と「水神」、この2つが出色だった。魔物の存在を背後にうかがわせるんだけど、魔物が直接でてきて人を食うとかではなく、いろいろな不可思議な現象の裏に魔物の「気配」を感じさせるだけ。古本の匂い、雨の降る前の匂い、水の音、果物の匂い、ぬるっとした手触り・・・と、(日本ホラー特有の)視覚以外の感覚もじわじわ攻めてくる表現はさすがで、読んだ後はツタがピタッと脳にからんだように、小説のイメージがしばらく頭から離れない。ブキミなり。

「きつねのはなし」での「私」と「ナツメさん」のやり取りなどは、「夜は~」にはないエロティックな余韻もある(あからさまなエロじゃないよ)。夏目漱石の「草枕」の主人公と「那美」とのからみを想起させるけど、深読みしすぎかな。

ただ、「夜は~」と「きつねのはなし」にも共通する部分はある。
それは「縁」というものを軸にして書かれている、という点だ(邪推ですが)。

「縁」は英語だと「カルマ」という大げさな言葉になる。英語のクラスで「袖刷りあうも他生の縁」を英訳したときは、仕方なく「縁」の訳として「カルマ」を使ったけど、これは裏に輪廻転生という派手なコンセプトを感じさせる。この場合は、そんな大げさなものでなくていい気がする。偶然と呼ぶほど奇想天外なことでもなく、されど必然と呼ぶには当初の想定からだいぶ外れた出来事。人と人、人と物との出会いの中に、この偶然と必然の間の微妙な感覚に触れる― そういうのが「縁」だったりする。

「夜は~」は読めば分かるとおり、「私」と「黒髪の乙女」が、いろいろな縁で強烈な個性を持つ楽しいキャラクターたちに出会い、そのキャラクターたちに押し合いへし合いされながら話が進んでゆく。キャラクター・ドリヴンなストーリー展開だ。最後はメデタシメデタシな恋愛モノで、しめくくりも「こうして出会ったのも、何かの御縁」で終わる。

他方、「きつねのはなし」(プラス一連の収録短編)も、奇妙なモノのやり取り(「きつねのはなし」の物々交換)や、「胴の長いケモノ」との遭遇(とくに「魔」での展開)等を通して、気づかぬうちに異形の世界の者たちと出会ったり、憑依(?)されたりすることで話が進む。どちらかというとイベント・ドリヴンなストーリー展開なので、出てくるキャラクターの数や「夜は~」ほど多くない。こちらは普通はできれば避けたい「不吉」な「縁」で、かかわりあったがために不幸な目に遭うというもの。

「きつねのはなし」収録の「果実の中の龍」で、この「縁」に対してかなり直接的に言及している箇所がでてくる。

「こうやって日が暮れて街の灯がきらきらしてくると、僕はよく想像する。この街には大勢の人が住んでいて、そのほとんどがすべての人は赤の他人だけれども、彼らの間に、僕には想像もつかないような神秘的な意図がたくさん張り巡らされているに違いない。何かの拍子に僕がその糸に触れると、不思議な音を立てる。もしその糸を辿っていくことができるなら、この街の中枢にある、とても暗くて神秘的な場所へ通じているような気がするんだ」

「夜は~」で展開される「縁」は、なかなか楽しいものだが、「きつねのはなし」の場合は、「縁」がもたらすダークな側面が全体を覆っている。

自分では完全にコントロールできないのが「縁」だが、「きつねのはなし」の怖いところは、自分が全く気づかないうちに、その「縁」が実は誰かに―(天城さんに?ナツメさんに?)予見されているところだ。上で引用した文章で言うと「とても暗くて神秘的な場所」が、実は自分の今後起こる不幸な運命をあやつっているのではないか、という不安。一人称「私」で書かれているので、読者は主人公に感情移入しながら読んでいくんだけど、それまで意識的に行ってきたことには実は他の誰かの意図が含まれていた、と物語の終盤で気づくのがえらい怖い。それも、嫌な予感とか気配をだんだん濃霧のように充満させながらクライマックスまで持っていくのが非常にうまいもんだから、後味悪い悪い(笑)。

「夜は~」みたいなポップ・ファンタジーも好きだが、本作のようなホラーものも是非書き続けて欲しいな、と思う。あ、本作のBGMはASTOR PIAZZOLLAの「SUITE PUNTA DEL ESTE」なんかが宜しいかと。


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  by helterskelter2010 | 2010-03-29 01:50 | Books

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